炎上-2
2024年のテーマ「エン」。
今回もたったかた〜んが綴るのは「炎上」についてです。長くなりそうだったので前半後半で分けさせていただきました。前半では、インターネットの時代背景と炎上が起きている構図について綴ってみました。後半では、さらに内情について考えてみようかと思います。
※この記事は特定の人や物を指すような内容は含みません。
前回の記事はこちら▼
炎上-1
炎上(えんじょう)とは、インターネット上のコメント欄などにおいて、稚拙な批判や誹謗中傷などを含む投稿が集中することをいう。
炎上による損害は、心理的、経済的なものが発生している。(Wikipedia参照)
「情報の真偽、混沌」
昔SNS上の情報は正確さが曖昧なので受け手側が混乱しやすい。大変便利なSNSではありますが、テキストやメディアで情報を正確に発信するのは難しいと思っています。文章の言い回しや表現によって発信側がそういうつもりではなくても、違った意味合いで捉えられることも多い。発信者があとから違います!と弁解しようとしても、一度広まってしまったら受け取った側の中で実際とは違った解釈や情報のまま吸収されてしまうかもしれないのが怖いところ。SNSはあくまでも側面しか物事を見ることはできません。目に見えるものをストレートに受け取ると危ないなと思っています。事情の内側は当人にしかわからないので過信しないようにするというのはSNSで情報を受け取る上でわたしも気をつけています。
「ファン同士の争い」
例えばファンが多くいるインフルエンサーや大きなコンテンツが炎上した場合に見かけるのが、炎上を巡ってファン同士が争っている様子です。争いたくて争っているわけではないとは思いますが、SNS上で間接的に批判し合っている…ということがあります。炎上元が直接炎上するのも見ていて辛いですが、外野でさらに争いが生まれている負の連鎖も見ていて辛い。しかし、愛があるからこそ熱くなるのは理解できます。何か問題が起きたとき、ファンだからといってすべてを許すわけにもいかないので、問題と向き合ったとき辛くなったら少し離れてみるのがいいかもですね。
「批判と感想、正義とは」
最近ではネガティブな感情を述べる”お気持ち表明”というネットスラングもあります。
出来事にちなんで、当人が思っている意見や感情・心境の変化を言葉に表し、ブログやSNSで表現する事を「お気持ち」または「お気持ち表明」と言うようになった。一個人の意見なのに「お」が付くのは「著名人や有力者並に尊重されるべき意見だと思っているんですね、わかります」という皮肉である。(ニコニコ大百科参照)
そのお気持ち表明がたくさんの人に拡散され、共感を生んだりさまざまな意見が出てくるのも負の連鎖を引き起こしてしまいます。ただネガティブな感想を言ってはいけないというわけではないので、難しいところ。いろんな意見や感想が生まれるのは面白いことですし、わたしはそう言ったお気持ち表明を見て、よく「ほ〜なるほど〜」となってしまいます。もし自分とは違う意見を見かけても感情的にならず、「この人はそうなんだ〜そういう考えもあるんだ〜」と一旦受け流すようにしています。それでもモヤモヤしたときは直接人に話して自分の考えを整理するようにしています。
また、批判の中には正義感が働いている場合があります。自分には直接被害がないものだとしてもこれは〇〇だ、それは△△だ、とはっきり意見したくなるのも理解できます。批判や感想が生まれるのは自然なことです。ただ炎上-1でも記述したとおり、SNSで発信できる言葉の力が強くなったので、たとえ正義ある発言だったとしてもそれが炎上の燃料になるかもしれない。
まとめ
こういうことよくあるよね、という事情とそういうとき自分がどうしてるのかを踏まえて炎上についていろいろ考えてみました。思ったことを綴っただけなので文脈が繋がってなかったりしていると思います。すみません。
SNSという便利だけどときに凶器になるツールが発達した今、社会と関わる以上、いつ自分も炎上するか、いつ炎上の渦中に巻き込まれるか、いつ自分が炎上に燃料を投入することになってしまうかわかりません。
自分も好きな〇〇や好きな△△が炎上しちゃった!なことは経験済みです。そういう場面に立ち会ったときに結局は自分の気持ちをどう処理するかだとは思ってます。真実がどうであれ自分の中で一番腑に落ちるところに気持ちを持っていくだけで少し楽になる気がします。もちろん犯罪行為など、倫理的にアウトなものはダメですが…。
なるべく傷つかない世の中になって欲しいものですが、到底無理に等しい。自分の感情はネガティブであっても大事にしたいのも分かる。でも対象が人でなくてもその中身は人と人ですから、自分の感情で誰かを傷つけるかもしれない。自分も誰かの感情で傷つくかもしれない…のは忘れないように過ごしたいです。
何かを守る、誰かを守るための発言であっても、それは果たして自分のエゴになってしまっていないか…その発言で守ってるのは自分の感情なのかもしれないですね。客観的に考えて一度冷静になる心がけをしたいものですね。
長々とここまで読んでいたただきありがとうございました。
Writer:たったかた〜ん
2024/4/14



